2025年8月15日、終戦から80年という節目の日を迎えます。
戦争を知らない世代が国民の大多数を占める今、この日をどう受け止め、何を考えるのか——改めて自分自身の中でも問い直す時間としたいです。
祖父の体験と「もしも」の想い
私の祖父は、かつて予科練生として海軍航空隊の訓練を受けていました。
祖父の話では、昭和20年8月15日、ちょうど「最後の別れの家族旅行」の最中に終戦を迎えたそうです。
もし、戦争があと数日でも長引いていたら、祖父は再び戦地へ赴くことになり、そして私はこの世に存在していなかったかもしれません。
そう考えると、言葉にできない複雑な気持ちが胸に広がります。
また、「当時は戦争をすることが正しいと信じ込まされていた」「思い返せば、おかしな時代だった」とも振り返っていました。
学校教育や社会全体が戦争を肯定する空気に包まれ、若い世代が疑問を抱く余地すらなかった——そんな時代背景を、祖父は見つめ直していたのだと思います。
戦争体験をつなぐ責任
終戦から80年。
戦争の記憶を直接語れる世代は、年々少なくなっています。
教科書や映像資料から学べることは多くても、肉声で語られる体験談には、その人の感情や息づかいまでもが宿り、受け取る側の心を強く揺さぶります。
私は、祖父から断片的に聞いた話を、自分の子どもや周囲の世代に伝えていくことが、自分に課せられた役割のひとつだと感じています。
戦争は遠い過去の出来事ではなく、今の私たちの「命の連なり」の中に存在しているという事実を忘れてはなりません。
次の世代へ
戦争の悲惨さと、平和の尊さ。
これらを「知っている世代」から「知らない世代」へ橋渡しをしていくことは、時間が経てば経つほど難しくなります。
だからこそ、今のうちに声を集め、記録し、語り継いでいくことが必要です。
平和の価値を再確認する
平和は、与えられたまま永遠に続くものではありません。
日常の小さな積み重ね、互いを尊重する態度、対話を通じた理解の努力——そうした行動の集合が、平和という大きな基盤を支えています。
戦後80年を迎えた今年、世界ではいまだ紛争や対立が絶えません。
遠くの国の話のように感じるかもしれませんが、国と国の緊張や衝突は、いつか私たちの暮らしにも影響を及ぼす可能性があります。
だからこそ、平和を守る意識を一人ひとりが持ち続けることが大切だと強く思います。
